クリエイターとしての責任

これはたいへん難しく、繊細な領域です。

クリエイターであるあなたは、クライアントに対して、自身の才能、経験、専門的な技能を提供します。受け手であるクライアントは、あなたのような才能、経験、技能を持ち合わせていません。だからこそあなたに仕事がやってきたのです。想像してみてください。あなたの作品や仕事ぶりをクライアントが正当に評価できるか、彼らがそれだけの審美眼を持っているかは疑問。一方であなたも、クライアントの要求を全て理解できているのか自信がありません。そのような手探りの状況で、クライアントからその才能を見込まれて仕事を依頼されたあなたは、素晴らしい作品を作り上げなければなりません。両者の間にいずれ起こる論争が目に見えるようです。

明らかにクライアントが間違いを犯していると思ったら、あなたは1人のプロのクリエイターとして、その事実を伝えるべきです。ただの思い込みかもしれない、明確な証拠や実証結果があるわけではない、と思い悩むかもしれませんが、あなたのクリエイターとしての経験から導かれた意見なのですから、とても重要です。そもそもクライアントは、あなたのその経験を評価したからこそ仕事を依頼してきたのです。

クライアントが、当初とは全く違う要求をして、「よいアイデア」から「ひどいアイデア」に変わってしまったと感じたら、その仕事から手を引くのも1つの選択肢です。しかし退く際には極めて穏やかに遂行しましょう。結局、双方が可能な限り最善の結果を出せるようにと考えた末、道を分つ結果になったのですから。クリエイティブの世界では、口で説明してもきちんとした理解が得られないことがしばしばあるので、もしあなたがクライアントに「それは悪い考えだ」と解ってもらいたい時は、視覚に訴えたり、実践してみたり、デモンストレーションを行ったり、文字にしてみた方が効果的でしょう。あなたの訴えたいことをなんとかして理解してもらう。その結果、あなたの意見の方が正しいとなればクライアントから感謝されるでしょうし、もしそうでなくても、分かってもらおうとした努力は、あなたにとっても財産となるでしょう。

ある巨大な多国籍企業の国際マーケティング部が、3つのデザイン会社を対象に、ID映像のピッチを行いました。このID映像は、企業の新たなブランディングの要となります。熟考された戦略的なアイデンティティーのブリーフィングがあり、そこに広告代理店も参加して2回にわたるプレゼンテーションが行われたとします。慎重な選考の末、このピッチの勝者が決定し、契約が成立しました。しかし契約成立の瞬間とほぼ同時に、企業のマーケティング部長がこのプロジェクトの根幹に関わる点について、コンセプトを変更したいと言い出しました。デザイン会社と広告代理店側は、彼の考えは間違いであるばかりでなく、クライアントである企業自身に損害をもたらすものだと思っています。しかし、広告代理店にとってこの企業は、年間何億円もの契約金でつながっている大口のクライアント。もし広告代理店の役員が、自分のクライアントであるマーケティング部長に「部長、それはおバカな考えです」と言うことができたとしたら、その人はかなり勇気のある人間です。

一方デザイン会社は、その大企業とはもう二度と仕事をしないかもしれません。先々のために妥協する考えはなく、後になって笑いの種になるであろうことが明らかな駄作のために、長い時間を費やすのはご免だと思っています。そこでデザイン会社のスタッフは、飛行機に飛び乗り、1万キロ離れたその企業まで出向いて、マーケティング部長を説得するため1対1のミーティングを行ないました。コンセプトの変更がいあに愚かであるかを説明したところ、幸運なことに予想していた時間の半分で、マーケティング部長が要点を理解し、デザイン会社側の考えを受け入れました。会議室の外では、会議の成り行きを見守っていた40人もの経理のエグゼクティブらが安堵のため息を漏らし、一同がとびきりの笑顔で握手をしています。デザイナーたちは、直ちに自分たちの事務所に戻りこのプロジェクトにとりかかりました。

デザイナーたちのこうした積極的なアプローチがなければ、彼ら自身が大仕事の機会を逃してしまっていたでしょう。クリエイターがビジネス側の人々の間違いをきちんと指摘する事は重要です。しかしその大切さに気づいている人は意外に少ないのです。